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東京高等裁判所 昭和48年(ネ)2085号 判決

控訴人

兼松江商株式会社

右代表者

町田業太

右訴訟代理人

山田弘之助

ほか一名

被控訴人

恩田俊

右訴訟代理人

山本隆幸

ほか二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴人と東商物産との間で昭和四一年二月二日ノルウェー産塩数の子の輸入業務に関する取引契約が締結されたこと及び被控訴人が控訴人に対し東商物産の負担すべき債務の担保としてその所有不動産につき根抵当権を設定することを約したことについては、当事者間に争いがない。

そして、右争いのない事実に、〈証拠〉を総合すると、右各契約が締結されるに至つた経緯及び契約の趣旨に関して次のような事実関係が認められる。

東商物産では、昭和四〇年にノルウェー産塩数の子七トンを輸入して利益をあげたので、昭和四一年度においては一〇〇トン以上の輸入を計画したが、かかる本格的輸入業務を遂行するだけの資金を保有せず、決済手段として自ら信用状の開設を受けられる実績もなかつたので、総合貿易商社である控訴人に対し、輸入業務の代行と資金援助を依頼してきた。そこで折衝が重ねられた結果、昭和四一年二月二日、塩数の子一三五トンを目途として(そのうち一〇〇トンは確実に実行しうる予測のもとに)、一トン当り金三〇万円(一等検品)ないし金一五万円(右以外の商品)の手数料を東商物産から控訴人に支払う約束のもとに、控訴人において東商物産のため輸入業務一切を代行するとともに、東商物産が輸入量に見合う輸入割当証明書を他の業者から譲り受けるための資金(一トンにつき金三〇万円を限度とする。)や信用状の開設その他輸入業務の遂行に要する諸掛り、金利等をすべて控訴人において立て替え負担することを内容とする輸入業務に関する基本契約が両社間で締結されるに至つた。しかし、両社間には従来取引関係がなかつたうえ、ノルウェー産塩数の子の輸入業務を扱うことは控訴人にとつても初めてのことであつたし、一方、控訴人の立て替え支出すべき金額は当然多額に上ることが見込まれたところから、右基本契約の締結に至る過程において、取引上生ずべき危険に備えて万全の対策を講じておこうとした控訴人側より、控訴人の前記立替金及び支払を受けるべき手数料はすべて輸入原価に算入し、その支払を確保するため輸入された数の子は全部譲渡担保として控訴人に提供し、控訴人においてこれを販売した売上金から右輸入原価を差し引いた残額を東商物産に交付するものとすること、その結果控訴人になお損害が生じた場合は東商物産においてこれを負担すること、右取引に関して生ずべき東商物産の控訴人に対する一切の債務(及びこれに合せて、両社間における他の商品取引により生ずべき東商物産の債務)を担保するため、東商物産の代表者として控訴人との折衝に主として当つた恩田礼の所有山林、東商物産を控訴人に紹介した鈴木栄三郎の所有宅地及恩田礼の実兄である被控訴人の所有する宅地建物につき元本極度額金三〇〇〇万円の根抵当権を設定するとともに、右三者が東商物産の負担すべき前記債務の全額につき連帯保証人となることが要求され、塩数の子の輸入により利益をあげられることが確実であると考えて控訴人との間の契約の締結を急いだ恩田礼は、被控訴人の代理人たる立場も兼ねて、鈴木とともに控訴人の要求に応じ、右根抵当権設定の合意の記載された基本契約書(甲第一号証)及び連帯保証の約定の記載のある根抵当権設定契約書(甲第二号証)の作成に応じた。

以上のような事実が認められ、この認定を左右しうべき証拠は存しない。

二そこで、恩田礼が被控訴人の代理人として控訴人との間で右に認定したような連帯保証契約を締結する権限を有していたか否かが問題となる。

〈証拠〉の各末尾には被控訴人の氏名の各上欄に「担保提供者兼連帯保証人」若しくは「連帯保証人兼担保提供者」の表示があり、そのうち甲第一号証の「兼連帯保証人」なる表示はタイプ書きの「担保提供者」の横に手書きによつて書き添えられたものであることが明らかであるけれども〈証拠〉によると、右各上欄の肩書は、いずれも、被控訴人名の記載及び名下の印影の押捺前に記載されていたものと認められ、〈証拠〉について右認定と反する部分は、同人が、同様の肩書が印刷され、連帯保証条項が契約内容として記載されている甲第二号証には何ら異をとなえることなく被控訴人名の記名押印をした趣旨の証言をしていることに徴し、措信しがたい。しかし、いずれにしても、右記名捺印はすべて恩田礼ないしその命を受けた東商物産の事務員の手によつてなされたものであることは前記認定のとおりであつて(なお、〈証拠〉によると、甲第一一号証の被控訴人の氏名の記載及び名下の印影の押捺も礼によつてなされたことが認められる。)、連帯保証人たることを表示した肩書下に、或いは連帯保証の約定の記載された契約書に、自己の氏名を記載しその印章を押捺することを被控訴人が許容していたことについては、これを認めさせるに足りる証拠は何もない〈証拠判断省略〉。

もつとも、さきに判示したとおり、恩田礼が被控訴人の代理人として被控訴人の所有物件についてなした根抵当権設定契約の効力については、被控訴人もこれを争わないところであるが、礼が被控訴人から右根抵当権設定に関する代理権を与えられていたからといつて、そのことから直ちに連帯保証契約締結の代理権も授与されていたものと推認するわけにはいかない。この点につき控訴人は、被控訴人は唯一の所有不動産を担保に供して弟の事業に協力したものであるから、万一の場合には路頭に迷う覚悟も決めて、人的保証の許諾も与えていたものと推定すべきであるとの趣旨の主張をし、〈証拠〉によれば、被控訴人は当時日本ゼオン株式会社に勤務していた給与生活者であり、根抵当物件として提供した土地建物は、当時被控訴人が住居として使用していた唯一の所有不動産であつたことが認められるけれども、それが唯一の所有不動産であれ、特定の物件を債務の引当てとすることと、将来にわたつて生ずる給与収入等を含む全資産をもつて金額の限定のない債務の支払の責に任ずることとは、法律上はもとより、社会通念上も同日に論じうべきでないことはいうまでもなく、とくに給与生活者にとつては、居住家屋喪失が控訴人のいうような生活の破滅に直結するものと必ずしもいいえないこと明らかであるから、控訴人の右主張は採用しえない。

従つて、恩田礼が被控訴人の代理人としてなした連帯保証契約の締結は、根抵当権設定につき与えられた代理権の範囲を越してなされた無権代理行為といわざるをえない。

三次に、右連帯保証契約の締結に関して控訴人の予備的に主張する表見代理の成否について判断を進める。

前記一の認定にあたつて掲げた各証拠及び〈証拠〉を総合すると、控訴人においては、取引上の債権のため第三者の所有物件に抵当権を設定する場合は、原則として同時に物件提供者に対し連帯保証人となることを求めていたこと、そして、代理人を介して保証契約を締結する場合には、直接保証人につき保証の意思を確認することを励行するよう担当者に指示していたこと、しかるに本件においては、基本契約自体からみても控訴人の出捐額が相当多額に上ることが当然に見込まれ、万一取引が予定どおりに運ばなかつたときは東商物産において巨額の債務を負うに至ることが予想されたので、控訴人は危険に備えて前述のように契約上万全の策を講じ、さらに契約後においても根抵当権の目的物件を追加させる措置までとりながら、被控訴人の保証意思の確認については、控訴人の東京支社において契約が締結されたのであるから、当時都内世田谷区に居住していた被控訴人に対し面接ないし電話連絡等の方法をとることがとくに厄介であると考えられるような事情はなかつたにもかかわらず、控訴人側で被控訴人につき、かかる確認手段を講じようとはまつたくしなかつたこと、以上の事実が認められるが、右のような事実関係を前提とするときは、控訴人は、被控訴人との間の連帯保証契約の有効な締結を期するうえで少なからず慎重さを欠いた手続に終始したものというほかなく、或いは、本件においては、控訴人の講じた危険対策の重点は譲渡担保物件及び根抵当物件の確保にあり、物上保証人との間の連帯保証契約の締結は、控訴人の原則的契約方式に従つてしたまでで、相手方に真実保証の意思があるか否かについては、少なくとも被控訴人に関するかぎり、格別意を用いなかつたのではなかろうかとすら推測されないでもない。

もとより、恩田礼が被控訴人からその所有不動産につき根抵当権を設定する権限を与えられ、その設定登記手続に必要な実印、印鑑証明書、権利証等を預つてこれを所持していたことが、控訴人をして連帯保証契約についても礼に代理権があるものとして事を処するに至らしめた根拠となつたものであろうことは、これをうかがうにかたくないところであるけれども、一般に物上保証の許諾から直ちに人的保証の許諾までを推測することの合理的根拠を欠くことは、前項二においても説示したとおりであつて、恩田礼を被控訴人の代理人として被控訴人所有の不動産につき根抵当権設定の契約を締結した控訴人としては、礼が被控訴人の実印や印鑑証明書等を所持しているのは右根抵当権の設定登記手続に必要なるが故であることを認識していたものというべきであるから、控訴人において、礼が実兄である被控訴人の実印等を所持しているということだけで、同人が根抵当権設定の権限にとどまらず、連帯保証契約締結の権限まで被控訴人から与えられているものと信じたとすれば、早計のそしりを免れない。とくに、前述のとおり、万一の場合には東商物産にとつて巨額の負債を生ずることを控訴人においても予想しえた事情のもとで、右債務につき限度額の定めのない連帯保証契約を締結した本件のような場合には、保証意思の確認について、なおさら慎重な手続をとつてしかるべきであつたといわねばならない。

なお、控訴人は、恩田礼から、かつて東商物産がジャムの取引をした際にも被控訴人が支払保証につき全面的援助をした旨を告げられたとも主張するところ、〈証拠〉によれば、東商物産がかつてジャムの輸入取引をした際、被控訴人がその所有不動産(前記根抵当権の目的とされた物件と同一のもの)を担保として提供した事実があつたことがうかがわれないではないが、被控訴人が物的担保の提供にとどまらず、人的保証までもして東商物産の事業を全面的に援助しこれに協力すべき関係にあつたということについても、また、このような関係にあつた旨が本件契約の締結に際し、恩田礼若しくは鈴木栄三郎の口から控訴人に告げられたということについてもこれを認めるに足りる証拠がない。

以上諸般の事情を総合して考えれば、被控訴人に対し直接照会するとか、その他適切な調査手段を講ずることなく、軽軽に恩田礼を被控訴人の代理人と信じて連帯保証契約を締結した控訴人には、礼に右契約締結の代理権があると信ずるにつき正当な事由があつたものとは到底認められないところといわなければならない。

してみれば、控訴人の主張する表見代理の成立はこれを認めえず、本件連帯保証契約の効力が被控訴人に及ぶことを認めるべき根拠は存しないことになる。

四従つて、控訴人の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由のないことが明らかであるから、これを棄却すべきであり、これと同旨の原判決は正当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて、民事訴訟法第三八四条に従い本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき同法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(白石健三 小林哲郎 横山長)

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